2011年10月14日金曜日

青の洞門

撮影場所 大分県中津市本耶馬溪町曽木

青の洞門は禅海和尚によってノミと槌だけで掘られたもので、この逸話を元にして書かれたのが菊池寛(きくち かん)の短編小説『恩讐(おんしゅう)の彼方に』です。

禅海和尚はもともと福原市九郎といい、強盗を生業としていました。あるときあやまって人を殺してしまい、その罪をつぐなうために僧となり全国をまわったそうです。

岸壁を鎖づたいで渡り、多くの人が事故で命を落としていたこの地域にきたとき、人々を救おうと誓願を立てたそうです。
車道脇に下の写真のような、素掘りのトンネルがあります。
最初に掘られたとされる明り取りの窓



 素掘りのトンネル内には禅海和尚像と地蔵が祀られています。
岸壁にのこるノミの跡
青の洞門上に競秀峰探勝道(きょうしゅうほうたんしょうどう)があります。この道には石仏が点在します。また競秀峰からの景色はよく、山国川や耶馬渓の町がみおろせます。



2011年10月9日日曜日

湯の児温泉、海岸道路公園

和田岬から眺める湯の児温泉
和田岬から湯の児温泉を撮影しました。撮影したこの日は晴天でしたが、霞がかかっていました。写真右側に帆船がみえますが、これは「どんがばちょ号」。スペイン風帆船なのだそうです。フィッシングパークに停泊しており釣客の休憩場所となっているそうです。

毎年「ビーチクリーン」という清掃行事が湯の児ではあっているそうです。2011年夏は東日本大震災で被災された子ども達もいっしょに、ふれあいとして参加されたそうです。

湯の児温泉の泉質は「含食塩重曹泉」。サラサラとしていて、なめると少ししょっぱいです。

和田岬の広場
和田岬から南へ1.5kmほど下ると、海岸道路公園があります。
海岸まで下りて行ける道はありますが、もうだいぶ人が来ていないようで、雑草やクモの巣で荒れ放題となっていました。
公園内でみつけた琉球朝顔
 公園にはエノコロ草が一面に茂っていました。逆光で写真を撮ると光をまとい、ふわふわした感じになりました。



海岸に下りると、目の前に水俣市浄化センターが見えます。
 海岸は岩海岸で丸石でいっぱいです。水俣川で丸くなったものでしょうか。
霞のかかっていない天気のいい日は、天草諸島や雲仙をみることができます。

2011年10月8日土曜日

八面山からの夜景

撮影場所 八面山(大分県中津市三光田口)
八面山から眺めた中津の夜景です。

福寿寺 薬師堂 磨崖 国東塔

場所 大分県 豊後高田市 田染(たしぶ) 平野 陽平(ひなたびら)
中央が薬師如来坐像
国道10号線から田染(たしぶ)へ向かう道中、左側にあります。下の写真のように案内看板も設置されており、わかりやすいです。
車が2~3台とめられる駐車場もあります。


駐車場に車をとめると、上の写真のような農道を歩いてゆきます。周囲には民家もあり道がわかれていますが、親切にも誘導の看板がでています。
磨崖仏、磨崖国東塔があるお堂がみえてきます。

暗くてみえにくいですが、中央の3仏の拡大写真が冒頭の写真です。

向かって左下側にも坐像が彫られています。

お堂を右へ回ると大分県指定有形文化財の磨崖 国東塔(まがい くにさきとう)があります。
塔高は90㎝
案内看板によると、福寿寺は明治29年(1896)に浄土真宗の説教場として開設されたそうです。しかし、この仏堂や磨崖 国東塔はそれ以前からあったようです。


岩戸寺の国東塔
国東塔は通常上の写真のようなものですが、福寿寺のように岩壁に彫られているものはめずらしいです。

2011年10月4日火曜日

石峰山に登る

Picasaで色温度をブルーに加工。


石峰山頂からの展望。左に見える山が皿倉山で、その手前に洞海湾と北九州市の街が広がります。

彼岸花

 彼岸花のきれいな季節になりました。

2011年10月3日月曜日

楢本磨崖仏(ならもとまがいぶつ)

場所 宇佐市安心院楢元


国道500号線沿いに楢本磨崖仏の看板がでているので、そこから1kmほど脇道に入ると着きます。
階段をのぼるとすぐです。
如来、菩薩、神将(しんしょう)など40数軀の仏像が岸壁に刻まれています。
しかし、磨崖仏前はこのように草がぼうぼうで、草にかくれた仏像をみつけるのに苦労しました。
楢本磨崖仏は大分県指定の重要文化財です。不動明王像の右側壁面には「応永35年(1428年)戊申三月」の墨書があるそうです。